notes from my travels

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2018年 02月 19日

氷河トレッキング。

エルチャルテンからエルカラファテまではブラジル人2人組が乗せてくれた。

ちょうどエルカラファテで音楽フェスが開催されてる期間で、キャンプ場がアルゼンチン人で溢れかえってる。

朝まで音楽ガンガンで寝れません。

それでも早起きして行ってきました、ペリトモレノ氷河。


エルカラファテに着いた日はゆっくりして、翌日に町をぶらぶらしながら明後日のツアーを申し込もうかと思ってたんだけど、明日は天気いいけど明後日から崩れるなんて言うもんだから、慌てて翌日のツアーを申し込みに行った。

旅行会社に行ったら、明日のツアーはもう全部空きが無いってさくっと言われ。

えーーーって途方にくれてたら、キャンセルが出たのか、あ、ちょっと待って、ミニトレッキングがちょうど2人分空いてるわ!ってことでミニトレッキングに行くことになった。

本当はロングトレッキングのBIG ICEツアーに行きたかったんだけど、なんと1週間先まで予約でいっぱいとの事。

1週間も待てません。

そんな先の予定を計画的に決めることも出来ましぇん。


まー値段もBIG ICEは300ドルくらいするし、それに比べたらミニトレッキングは半額だから、ま、ミニでいいや。


当日、晴天なり。

バスで氷河まで行き、まずは展望台。

どどーーーん。
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天気が良くてあったかいせいか、ちょこちょこ崩れる氷河。

ちょっと崩れただけでも地響きみたいな轟音。
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動画撮りたかったけど、カメラ構えてると崩れてくれないあるある。


制限時間40分のツアーあるある。


バスに戻って、ボート乗り場まで移動。

ボートに乗ること30分くらい、対岸に到着。


ここで持参したお昼ご飯を食べていよいよトレッキング開始。

まずは陸地を20分ほど歩いて、氷河目前まで。


そこでアイゼンを装着してもらい、いよいよ氷河トレッキングの開始。
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まー、陸地に接してるから土で汚れてるのは仕方ない。
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所々で氷河の説明を聞きながら、ザクザクと氷河の上を歩いていく。
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途中、深ーい穴が空いてたり。
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クレバス覗き込んでみたり。
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ミニトレッキングでも結構色々見れたから大満足。
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アイゼン着けて歩くことに慣れた頃にトレッキングは終了。


最後はお決まり、氷河の氷でオンザロック。
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最初はウィスキーとかいらないし、とか言ってたけど、なんかベタに楽しかった。



氷河満喫。



翌朝、3キロ弱歩いて町の出口でヒッチハイク開始。

車はたくさん通るんだけど、4時間待っても1台も停まってくれない。

場所が悪いのか、と、さらにそこから5キロ近く歩いて、町の外の検問所まで行ってヒッチハイクするもやっぱり停まってくれない。

こんな見事に停まってくれないのは初めて。


夕方6時半になり、もう今日はここで野宿しようとテントを張り始めたら、ポリスにここでキャンプはダメだよ、と言われてしまい、がんばって歩いた8キロを、また戻らねばならなくなり。

ただ帰りはすんなりと町中まで乗っけてくれる車が捕まって助かった。


結局またエルカラファテで1泊。


翌朝、バスターミナルに行き、目的地プエルトナタレスまでのバスの空き状況を確認。

16時半発で、まだ12席空きがあるとの事。

ただし、おそらく席は埋まるよ、と。


お昼の12時までまたヒッチハイクをトライする事にした。

昨日より近場、町の出口手前でヒッチハイク開始。


結局丸2時間、前日同様1台も停まってくれずギブアップ。

トボトボとバスターミナルまで戻って、大人しくバスのチケットを買いました。



アルゼンチン一旦休憩、またチリに戻ってきました。



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# by aya-papaya | 2018-02-19 06:41 | アルゼンチン | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 13日

フィッツロイトレッキング。

フィッツロイ周辺のトレッキングはキャンプサイト無料。

ただし穴を掘った簡易トイレがある以外は一切何もなし。

食料も調理道具も全て持参、水は川で汲みます。


トレッキングは何度もしたことあるけど、テントから調理道具から全部担いで行くのは初めて。

テント、マット、寝袋、ガス始め調理道具一式、2泊3日分の食料、おやつ、暇つぶし用の本に、ヘッドライト、着替え一式、ありったけの防寒具、そしてカメラ、三脚。

全部で10キロくらいかなー。


いざ出発。

初日は雲多め。
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一つ目のキャンプサイトでお昼ご飯を食べ、先に進む。

途中、フィッツロイの見えるポイントから。
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風が強くて雲が晴れるかなーと待ってたけどこれが限界。
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出発して4時間、本日のキャンプサイトPoincenotに到着。

テントを設置して荷物を降ろし、翌朝の下見がてらフィッツロイのビューポイントまで散歩。

が、頂上付近で猛烈な腹痛に襲われ、意地でビューポイントまでたどり着いたものの、滞在時間2秒で引き返す羽目に。

よって写真なし。


早めに就寝。

翌朝4時半に起床。

5時前に出発して、まだ暗い中ヘッドライトを頼りにビューポイントへ。

暗闇の中出発早々道を間違え、前日下見しといて良かったとつくづく思った。


1時間半かけ、ビューポイントに到着。

寒さに耐えながら待つ。

フィッツロイとは反対側の空が赤みを帯びていく。
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そして日の出。

朝日に照らされ赤く染まるフィッツロイ。
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これが見たかったんです。

天気が安定しないことで有名なフィッツロイ。

快晴でパーフェクトな赤いフィッツロイが見れたのは本当に運が良かった。

完全に見惚れた。


しっかりと景色を堪能してからキャンプ場まで戻り朝ごはん。

冷えた体に朝からインスタントラーメンは染み入ります。


テントを畳んで次のキャンプ場まで移動。

いやー本当にいい天気。
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途中のお昼ご飯休憩を含め3時間半ほどで本日のキャンプ場D'Agostiniに到着。

テントを立てて、荷物を降ろして、またビューポイントまで散歩。
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キャンプ場に戻り、ご飯を作る。

この日の醤油入りツナ缶の炊き込み御飯が神がかってうまかった。


眠いのを11時まで耐え、星空を取りに出た。

月が出てないせいで、星はいっぱい見えるものの山に光が当たらず。
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なかなか難しい。


この日の夜は死ぬほど寒かった。予報でも氷点下だったから覚悟はしてたんだけど、朝5時ごろ寒さで目が覚めてそのまま寝れなかった。

外が明るくなってきたから太陽の光を求めてテントから這い出たものの、曇り。

寒い寒すぎる。

こんな息の真っ白な朝に入れる日本から持ってきたコーンスープは、これまた神がかってた。

今たしか夏なんだけどなー。


3日目はエルチャルテンに帰るだけ。

熱々のシャワーが待ち遠しい。

服も全部洗濯しなきゃ。


途中、コンコン気を叩く音に目を向けると、すぐ近くにキツツキ発見!
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なかなかに可愛く無い顔をしてた。


3時間ほどでエルチャルテンに帰ってきた。

3日目はやっぱり曇りで、快晴だったのは2日目だけ。

その唯一の快晴の日に完璧なフィッツロイが見れてホントにラッキーだた。


3日ぶりの熱々シャワーも最高でした。

そして体力が100%戻ってない中、よく頑張ったと思います。

ちょっと心配したけど今の所、熱は上がってません(笑)。

あとは咳さえ止まれば完治。

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# by aya-papaya | 2018-02-13 18:38 | アルゼンチン | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 13日

しんどかった2週間。

チロエ島のケジョンから朝6時発のフェリーに乗り込む。

日の出を船から眺め、いよいよパタゴニアの旅が始まるなーとしみじみ。
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5時間の船旅の後、チャイテンに到着。
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チャイテンから本格的にヒッチハイクの旅開始。

早速拾ってくれたのはチリ在住のカナダ人。いきなり英語が通じるとは幸先がいい。


この先のサンタルシアという村で1ヶ月ほど前に大規模な土砂崩れが起こったという情報は得てたんだけど、なんとそこが完全に通行止めになってると言う。

途中の村から湖を渡ってサンタルシアを迂回するための無料のボートが出ているらしいので、そこまで乗せてもらうことに。


ピックアップトラックの荷台に乗り込む。

有名なアウストラル街道。

早速景色がキレイ。
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湖のボート乗り場まで乗せてもらい、ついでに通訳をしてもらった。

ボートは小さいモーターボートで地元民優先、1日2本、朝と夕方に出るらしく、もし席に空きがあれは乗せてくれるとの事。

この日はたぶん夕方6時頃にボートが出る予定なので、とにかく待つしか無いみたい。


拾ってくれて通訳までしてくれたドライバーにお礼を言ってサヨナラ。

時刻は昼過ぎ。

読書でもしながら待つしか無い。

自分たちを含めて8人の旅行者が待ってた。

待つこと数時間、6時前にもかかわらずボートが出るから乗り込めとの事。

ラッキー。

このボートがまた景色が良くて。
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青い湖、雪を冠った山に氷河まで。

しかもタダときた。

楽しかったー。
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ボートを降りてまたヒッチハイク開始。

ボートに乗ってきた全員がヒッチハイク(笑)。

が、全然車が通らない。

たまに通る車も止まってくれない。


しばらくして来たバスにみんな迷わず乗り込んだ。

するとチリ人の人がさらっとバス代を払ってくれた。

小額だし気にしないで、と。

カッコええなぁお兄さん。ありがとう!


ようやくサンタルシアまで着いたものの、壊滅的な打撃を受けた村は何も無い。

4キロ先にキャンプサイトがあったので、歩きながらヒッチハイク。

結局停まってくれずに4キロ歩いた。

小さな教会のあるキャンプサイト。
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ここがむっちゃ寒くて喉痛くなったんだよなー。


ここから、ラフンタ、プユワピとヒッチハイク。

プユワピでキャンプ、少し熱が出たのと雨だったこともあり、休憩も兼ねて2泊。


ケウラット国立公園で1泊。

熱があるのにトレッキング強行。
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が、体がしんどく、時間もなくて、入り口すぐの写真だけ。
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この夜からグンと熱が上がり。


どうにかコジャイケまでたどり着き、コジャイケでは前のブログに書いた通り。

一応熱が下がって体の痛みも取れたので、3日の療養の後出発。


途中の分岐点まではヒッチハイクで行けたものの、そこからが全然つかまらない。

熱が上がってきてる自覚もあり、どんどんしんどくなっていく。

数時間粘ったところでギブアップ。

高かったけど来たバスに乗り込む。

セロカスティージョという村でこの日は終了。

解熱剤を飲み続けどうにか耐える。


次の日数時間粘った後運よく目的地トランキーロ行きの車を捕まえることが出来た。

未舗装のガタガタ道と砂埃で撃沈。

朝一飲んだ解熱剤も切れ、もう1錠追加。


トランキーロに着きキャンプ。

ここに来た目的はマーブルカテドラルに行くこと。

ツアーは約1時間半、ボートに乗ってるだけで歩いたりもしないので、翌朝解熱剤飲んで強行。

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猛烈に風を浴び、案の定体調悪化。

が、出発。

ヒッチハイク激選区らしく、すでに先客が数組。

5時間後、先客含め、誰も車を捕まえられずギブアップ。

夕方4時に次の目的地までのバスがあると言うので、バスで行く事に。

距離の割にはかなり割高なミニバスで4時間の悪路。


チレチコという国境の町に着きキャンプ。


アルゼンチンは病院がタダらしいので、アルゼンチンに入り次第病院に行こうと思ってたんだけど、友人が、持ってる抗生物質飲んでみる?と聞いてくれたので、もうこの際何でも飲むよ、と有難く頂く事に。


翌朝、ヒッチハイクを4回乗り継ぎ、アルゼンチンのペリトモレノに到着。

2日間朝晩と抗生物質を飲み続け、初めて解熱剤無しで熱が下がり始めた。

ただ相変わらずひどい咳は止まらず、吐いた痰が血で赤かったのはナイショの話。

生まれて初めて血を吐いてかなりビビった。

お願いだからこのまま熱上がらないでちょーだい。


ペリトモレノからのヒッチハイクはでっかいトラックが停まってくれて、景色のいい大型トラックの助手席で一気に350km。

どうにか声がまともに出るようになってきたし、ドライバーも英語を話せるチリ人で楽しかった。

分岐のゴベルナドールグレゴレスという町のガソリンスタンドで降ろしてもらう。


が、ドライバーがガソリンスタンドの人に聞いてくれたところ、この先ウチらが進みたい道が、雨の影響で通行止になってて、4WDの車以外通れないとのこと。

確かにそっち方面から来たであろう車たちの姿は酷かった。

泥まみれというレベルを超えている。

どんなものすごいオフロードジャングルを抜けてきたんだという感じ。

明日にはたぶん通れるようになるとの事。

もう夕方だし、給油に来た4WDっぽそうな車に手当たり次第聞いてみるものの、結局ダメで、その日はガソリンスタンドで野宿する事に。

道路が閉鎖されてるせいで、同じように先に進めない、キャンピングカーやら、バイカーやら、ヒッチハイカーが集まってきて、ガソリンスタンドの裏の芝生はキャンプ場状態。

野宿の割にはトイレもあり、wifiまであり、心強い仲間もたくさんいて快適だった。


咳は相変わらずだけど、熱は完全に平熱に戻りだいぶ動けるようになった。


同じくガソリンスタンドで足止めを食ってたブラジル人とアルゼンチン人のカップルのキャンピングカーが拾ってくれて、イスラエル人カップルの先客もいて、エルチャルテンまでみんな英語が喋れる6人で快適で楽しいキャンピングカーの旅。

キャンピングカーがめっちゃ欲しくなった。


エルチャルテンではフィッツロイのトレッキングに行くべく、療養を兼ねて天気が回復するまで3日間待機した。

時々吐きそうになるくらい咳き込むものの、熱もないし、体力もかなり戻ってきた。

これ以上時間を無駄にできない。

いざ、トレッキングへ。


景色が良く、チャリダーの聖地とまで言われているアウストラル街道だけど、ほぼ全行程体調不良で、景色の記憶がほとんど無い…。

しんどかった記憶しか無い…。

いつか体調のいい時にリベンジしたいものです。

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# by aya-papaya | 2018-02-13 00:34 | チリ | Trackback | Comments(0)
2018年 02月 07日

チリで病院に行った話。

喉がイガイガして風邪引きそうだし気をつけなきゃとは思ってたんだけど。

生鮮野菜皆無のこの過酷なエリアで栄養いっぱいのご飯を食べる事も出来ず。

真っ黒なバナナとか、ハエの群がる腐りかけのリンゴを買う気にもなれず。

このエリアに住んでる人達は一体全体どうやってビタミンを摂取してるのか謎に思いつつ。

とにかく気合いだ気合い!と自分なりに答えを出したんだけど。

なんだか異常に体が痛くて、身体中がギシギシで節々が痛いとかいうレベルじゃなくて。

荷物が重すぎるのか、はたまた老体にテント生活の限界を告げているのか、どちらにしろ今の旅のスタイルを変更しないと解決しない問題で、でも変更すると何倍ものお金が流れ出ていくわけで。

自分の歳を痛切に感じつつ途方に暮れておりましたところ、なんと!



熱が出ました。

私、平熱35度前半なんですけれども。

37度もあるではありませんか。


熱がー出た出たー熱がーあ出たーあよいよい。


最後に熱が出たのは一体いつだったか頑張って思い出そうとしつつ。

久しぶりに病人だわアタイなんてちょっとニヤニヤしつつ。

体が痛いのは荷物が重いせいでもテントで寝てるせいでもなくて熱のせいだったんじゃ〜ん!と、旅の強制終了の危機を脱した喜びに浮かれていたわけであります。

まぢで。

最初は。

いや充分シンドイけどね。

平熱35度の人の37度は、平熱36度の人にとっては38度だからね。


次の日、相変わらず37度あるけど、ちとシンドイだけで動けるし、移動。

ダメ元でヒッチハイクしたパトカーが乗っけてくれてはしゃいでました。

護送されてる気分。

中から開けられないし逃げれない!

目的地に着いて、疲れてるから横になったら寝てしまい。

トレッキング目的で来たからトレッキング行かなきゃ!と午後3時から出発。

ゲートに着くと、5時半でゲート閉まるからそれまでに帰るようにと言われ。

日沈むの9時半とかだし遅くまで行けるかと思いきや意外と早く閉まるのね。

でもせっかく来たから強行。


が、予想外に上り坂。

病人は体力もなく、行きたかった展望台の半分の地点で力尽きました。

フラフラになりながら帰ってきた。



その夜熱は38度超え。

よーく眠れる薬を飲んで就寝。


翌朝熱は下がらず。

とりあえず次の町に移動。

わりと早めに、しかも乗り継ぎなしの一本でヒッチハイク出来たのは助かった。


2時間ほどでコジャイケという大きめの町に到着。

炎天下の中、一人凍えるウチ。

動けず道路脇で荷物番。

一緒に動いてる友人が宿を探してきてくれた。

どうにか宿まで荷物担いで歩いて行く。


テント泊7,000ペソ、個室12,000ペソ。

個室でお願いします。

ありがたい事に暖房付き。

相変わらず外は炎天下の中、異常に効いた暖房の部屋で相変わらず凍えるウチ。

熱を計ると、なんと大台39度超え!

あーまずい。

友人に味噌汁と強めの解熱剤をもらい、寝込む。

怒涛の発汗と共にみるみる熱が下がっていく。

単純なウチのカラダのツクリ。

熱が出てからも、食べれる量は多くないものの食欲はまあまあある。

大型スーパーのあるこの町で、友人が生鮮野菜を使った栄養いっぱいのご飯を作ってくれた。

よし、これで治る。

と思ったんだけど。


クレジットカードについてる海外旅行保険つい10日前くらいに切れたよ。

病院行くなら実費だし、いくらかかるかわかんないし。

スペイン語そんなに喋れないし。

治ってくれなきゃ困るのー。


が、翌朝熱は38度後半まで戻り。

それがお昼頃なんと39.7度まで上がった。

正確には39.7度の時点でビビって切ったから最後までちゃんと計ってない。

いやちょっと待って40はマズイよ。

テンパり始めた。

これはマズイ。マズイ。マズイ。まずい。不味い。


そうだ、病院へ行こう。


丁度友人が卵がゆを持ってきてくれたんだけど、それには目もくれず、とにかく病院へ行く準備をする。

何がいるのかわかんなくてなんか色々持った。

もし万が一入院とかする事になったらパンツとかいるかな?

ま、それはそうなった時考えればいっか、パンツは置いていこう。

もし万が一入院とかすることになったら荷物まとめて部屋開けないと部屋代毎日かかっちゃう。

ま、それはそうなった時どうしようか考えよう、今どっちみちパッキングする体力ないし。

どうにか準備をしてタクシーで病院に向かう。

偶然同じ宿に泊まってた日本人チャリダーも付き添ってくれた。

身振り手振りと、こっちのたどたどしいスペイン語と、むこうの少しの英語でどうにか意思疎通をして受付を済ませる。

名前を呼ばれて、まず血圧と脈拍と熱を図られた。

血圧がなかなか測れず、そろそろやばいんじゃね?ってとこまで圧迫され続け、しばらく手が痺れてたのはナイショの話。

その後1時間ほど待ち、もう1度名前を呼ばれ、ようやくドクターとご対面。

こっちが英語で喋って、ドクターがスマホのGoogleトランスレーターで英語に訳して見せてくれるという会話の仕方。


診察の結果、急性咽頭炎と診断された。

急性咽頭炎という英語の単語が理解出来ずに、あ、英語じゃなくて直接日本語にしてもらえばいいんだと言うことに気づき、日本語訳にしてもらった。

色々丁寧に説明してくれた。

お尻に注射を打たれた。

炎症止めのイブプロフェンを1日3錠4日分、熱が上がった時用の解熱剤パラセタモール1シートを処方され、お会計20,290ペソでした。

日本円で約3,700円。

良心的な値段で助かりました。


その後注射のおかげかみるみる熱が下がり、翌朝には34.9度まで下がった(笑)。

体の痛みも取れ、よし復活!って感じで、その日1日はゆっくりして、次の日に出発することにした。

次の日、朝熱を測ったら36.4度。

微熱。

解熱剤をすぐ出せるところに入れて出発。



案の定途中から熱が上がってきて、結局それから5日間ほど、平熱38度前後の日々。

咳が止まらず肺も喉も痛い。

体の痛みもぶり返し、熟睡も出来ないまま毎日どうにか移動を繰り返し。

熱がまた39度台に届きそうになり、友人に抗生物質をもらい2日間にわたり服用。


ついに熱が下がった。

相変わらず咳は止まらないものの、熱がないので体はだいぶ楽になり、結構動けるようになってきた。

体調不良の2週間、絶景アウストラル街道ほぼ記憶なし。

アウストラル街道=死にかけていたという記憶しか残ってません。


体力いりますパタゴニア。


フィッツロイトレッキングに向けて集中的に体力戻さねば。

どうにかふつうに会話が出来るようになってきた今日この頃です。

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# by aya-papaya | 2018-02-07 05:47 | チリ | Trackback | Comments(0)
2018年 01月 28日

チロエ島に住みたい。

ビーニャ・デル・マールから一気にチロエ島のカストロに来た。

とうとうパタゴニアの始まり。

なんか特に情報もなくなんとなく来てみたチロエ島だけど、楽しくて結局6泊もする事に。
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チロエ島には各集落に木造の古い教会がある。

その中の14の協会が世界遺産に登録されてる。

カストロにあるサンフランシスコ協会がメインで一番立派。
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外観はちょっとメルヘンチックで可愛らしいんだけど、中に入ってびっくり。
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木の暖かい造りに完全に心を持っていかれた。

あーこういうの好きだ。

置いてあった写真集をパラパラめくって、島にある他の教会も見たくなってしまった。

ということで、行けるだけ沢山の教会を見に行くべく延泊。


これからチリのアウストラル街道を南下していく予定なんだけど、調べてたらアルゼンチンから下るのが主流らしく、チリの情報があんまり出てこない。

でもアウストラル街道通りたいし!って事で、チロエ島のQuellónから船でChaiténって町に渡ってそこからアウストラル街道ヒッチハイクの旅を開始することに。

QuellónからChaiténの船は週3便しか出てないから、木曜日の朝発の船までカストロを拠点に教会巡りをする事に。

移動情報は別で書いたので詳細はこっちから。


初日は歩きとヒッチハイクのみで近場の教会を巡った。
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2日目はバスで。
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3日目はバスとヒッチハイクで。
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最後カストロまで帰る車を捕まえたんだけど、奇跡的に英語が喋れるおばちゃんで、会話がちゃんと出来るってやっぱ大事だなーと思った。

閉まってると思ってたカストロの市場も、実は移転してた事が分かって、新しい場所も教えてもらって、ついでにそこまで乗せてってもらって。


パタゴニアヒッチハイクの旅予行練習も大成功。

教会も全部で12ヶ所回れて大満足。


チロエ島の伝統的な家の造りも可愛くて。
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人も楽しいし、チロエ島大ヒット。

魚介も安くて美味しいし、エビやサーモンのエンパナーダもあって美味いし、キャンプサイトに泊まれば安いし。
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最後に食べたチロエ島名物のクラント。

美味しいんだけど、見た目といい具といい謎だらけ(笑)。

ムール貝と巨大アサリと、ジャガイモと、牛肉と鶏肉とソーセージ、小麦粉練ったみたいなのが、網に入って出てきた。
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チロエ島お終い。

また行きたいなー。


この先、急に景色がパタゴニア!!って感じになってきた。
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# by aya-papaya | 2018-01-28 08:20 | チリ | Trackback | Comments(0)