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2018年 04月 26日

イースター島。

旅人は、行先と日程を決めてチケットを取らない。

行きたい方向を決めて安いチケットを探す。

すると行先と日程は自ずと決まる。


って事で、たまたま見つけた超格安チケットでイースター島に行ってきた。

ま、今回はイースター島っていう行先は決まってたんだけど。

12月くらいから安いチケットがないかずっと探してた。

サンティアゴから往復$360。

今まで聞いた中でも最安。


それに合わせてボリビアは駆け足、さらにラパスから40時間移動しっぱなしでサンティアゴに向かう羽目に。



念願のイースター島。

モアイの島。

チリ本土から飛行機で5時間。

チリの領土であること自体が不思議なほどの距離だ。


物価の高いイースター島。

預け荷物は23㎏×2、機内に液体も持ち込めるチリ国内線のおかげで、貧乏バックパッカーはこれでもかってぐらい本土チリから食料を持ち込む。

ウチの場合は、米、パスタ、野菜1週間分、卵1パック(6個)、牛乳1L、ソーセージ1パック、シリアル1袋、おやつ1週間分、マッシュポテトの粉やらスープの粉やら、インスタントラーメン5個、その他もともと持ってた食料、調味料など。

お酒を飲む人はそれに加えてワインやらビールやらを数リットル持ち込む人もいる。

気合のなせる業である。


後ろにバックパック、前にサブバック、両手に荷物を抱え、サンティアゴの地下鉄のゲートを通り抜けるのが一苦労だった。

そして未だかつてない重さの荷物を抱えてイースター島に降り立った。


海辺のキャンプ場で1週間のキャンプ生活。

ボリビアではキャンプしてなかったから、久々のテント。

やっぱ自分のテントは自分家みたいで快適。

小雨だけど…。



初日の夕方、初モアイを拝みにサンセットポイントへ行ってきた。

もー初日から見せつけてくれるモアイパワー。

昼間雨が降ってたおかげでうっすらと薄い雲が残ってたから、見事に赤く染まった。
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1週間滞在したうち、初日を超える夕焼けはなかった。

初日からすごいの見ちゃったよ。


サンセットポイントのモアイさんたち、昼間見るとこんな感じ。

崩れてる感がまたいい感じ。
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唯一目のあるモアイさん、帽子付き。
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個人的には目も帽子もないシンプルモアイさんが一番イケメンだと思います。


歩いてたら雨が降って止んで虹が出たもんだから、いそいでモアイさんのところに戻って激写。

渋い顔と虹のコラボレーションです。
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ちょっとモアイさんから離れて海辺の洞窟へ。

別の旅行者がたまたまそこに立ってたからわかったけど、誰もいなかったら完全に気づかず通り過ぎてた、地面に開いた、めっちゃちっちゃい洞窟の入り口。
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え?ここ入るの?マジで?大丈夫?っていうサイズ。

スマホのライトを頼りに意を決して穴の中に潜り込む。

徐々に広くなっていく洞窟を進むとこ、二手にわかれてそれぞれこの景色。
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絶景です。

海沿いの岸壁にぽっかり空いた2つの穴に出ます。

あ、下は断崖絶壁なので、海を見下ろすことしかできません。


海、蒼いんですよ。
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少し進むと別の洞窟が。

ここも気づかず通り過ぎた。

この木の根元に小さい入口があります。
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これは海には繋がってないけどね。


夕焼けの時間はほぼ毎日サンセットポイントに散歩がてら行ってきた。

ま、初日ほどの焼け具合ではなかったから写真はカット。

道すがらのモアイと野良馬のシルエット。
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海辺で海を背に立ってるモアイが多い中、唯一海を見ていると言われている7体のモアイ。
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微妙に真っすぐ海見てないし、このモアイたちだけ海辺じゃなく内陸にあるから、反対側の海にはちゃんと背を向けてるし、唯一海を見ているというのは後付けな気がしてしまう、疑り深いワタシ。

顔の凛々しさは島の中でもなかなかだと思う。
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また別の、内陸にあるおっきな洞窟。

水が溜まっててかなり悪い足場を、諦めず最後まで進むと、なんとも不思議な場所に突き当たる。
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ぽっかり空いた天井から頭を出す1本の木。

真っ暗闇の中育った木が天井を突き破ったのか、穴の開いてた場所に種が飛んできて1本だけ育ったのか、昔々の人が穴の開いた場所に木を植えたのか、どうやってこうなったのかは謎だけど、なんだかものすごく神聖な感じがした。


この木を登って地上に出られれば楽なんだけど、3メートルほど枝もなく、よじ登るのは不可能で、また足場の悪い洞窟を入口まで戻らなければいけない。


ビーチにある帽子をかぶったモアイさんたち。

帽子の意味は謎。
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よく見ると、土台に顔が!
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土台にされたこのモアイさん、一体なにが起きて土台になってしまったんだろうか。


ビーチで見つけた、最小、最新のモアイさん。
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このモアイさんも海を見つめている。

ビーチでキャピキャピ楽しそうに遊ぶ人たちを、一人静かに哀愁を漂わせながら見守るモアイさん。


これ作った人マジ最高!

ずんぐりむっくり感がまたたまらない。


島内にうじゃうじゃいるモアイさんたち。

大体のモアイさんはロープが張ってあったり近づけないようになってるんだけど、探せば時々完全に見捨てられたモアイさんがいる。

倒れたままのこのモアイさん、触れる数少ないモアイの一つだ。
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それでも仰向けに倒れてるだけまだマシ。

顔面からいっちゃったモアイさんはなんとも居たたまれなくなる。


またある日のサンセットポイントまでの道すがら。

夕日を背にお墓が美しい。
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一番の有名どころ15体のモアイ。

モアイの背から登る朝日。
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15体並ぶとやっぱり壮観です。
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いろんな顔がいます十人十色。
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見れば見るほど愛着が沸きます。


一匹狼もいます。
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モアイ製造所。

モアイの切り出し場です。

島内にいる300弱のモアイさんたちの約半数がここにいるそうです。

うじゃうじゃいます。
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若者が多い気がします。


切り出し中のモアイさんたちも何体かいます。
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なかなか興味深いです。


切り出して運び出す途中に倒しちゃったんだろうなーっていうかわいそうなモアイさんもいます。

正座してるモアイさんもいます。

なんかやたら薄っぺらいモアイさんもいます。

ほんと色んなモアイさんがいます。



島の南にあるクレーター。
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クレーターの中の模様が面白い。
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水は真っ黒らしい。


クレーターの周りをぐるっと歩いて回れるようになってる。

写真じゃ絶景度20%くらいしか伝わらないのが悔しい。
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むっちゃ景色いいのに、短期間でモアイだけ見に来た人たちはここまで来ないみたい。

だーれも人いない。

勿体ない。

ここから、四方を海に囲まれた島の全体がなんとなく見渡せる。

見渡せるサイズの小さな島に行ったことは今までにも何回もあるけど、目の前の海の先に一切の陸が見えない小さな島は初めてだ。

今まで行ったことのある小さな島はあくまで本島なり大陸なりのすぐ近くにあった。

肉眼で見える距離に陸があった。

けれどこの島は、周りに海しか見えない。

ほかの島もなければ大陸もない。

360度の水平線。

太平洋の真ん中にぽつんと浮かぶ小島。

うまく言い表せない、この高揚感。

なんかものすごく地球を感じた。

昔の人はよく見失うことなくこの小島に戻ってこれたなと感心した。


島の先っぽにあるオロンゴ儀式村。

年に一度、島の英雄バードマンを決める儀式が行われる時だけ使われた場所らしい。
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また別の洞窟。
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島中洞窟だらけ。


モアイだけじゃない、絶景だらけのイースター島。

物価が安ければもっとのんびりしたかった、あっという間の1週間でした。


事実上は南米チリの領土だけど、完全にポリネシアだね。

不思議な島だった。



モアイの意味を自分なりに考えてみたんだけど。

島を守ってると言われているけど、一体何から守っていたんだろうと。

外敵から守るなら、単純に考えてやっぱり海のほう向いてるべきなんじゃないかと思ってしまう。

じゃあなぜ海に背を向けて島内をどっしりと見つめているのか。

何かから島を守っているなら、その何かは島の中にいたということか。

敵は外にはいなかった。

むしろ島の中にいた。

もしくは、、、島にいた人間を見張っていたのか。


島内の有名どころのモアイはほぼすべて修復されている。

かつて島内で部族間の争いが起こったとき、モアイ崇拝が衰退していたこの島では、モアイは破壊の対象になったという。

その時に多くのモアイが倒され、その後のチリ地震や津波でさらに壊滅的になったらしい。


なぜモアイ崇拝は衰退したのか。

土着の神様のようなものに対する崇拝はそう簡単になくなるものではないし、薄れることはあっても破壊の対象になることは簡単には考えにくい気がする。

ということは、そもそも崇拝する対象ではなかったのかもしれない。


と考えていくと、モアイの存在はどんどん怪しげな、少しSFホラー気味な方向へ向かっていく気がする。


まーあくまで島の歴史も全然知らない、なんの知識もない、ただの妄想ですけど。

フィフスエレメント好きだったしなー笑。



以上、念願のイースター島でした。
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# by aya-papaya | 2018-04-26 05:41 | チリ | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 19日

ラパスとワイナポトシ。

首都かと思いきや首都じゃないラパス。

ラパスって平和って意味なんだって。
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発展途上国の都市独特のごちゃごちゃカオスにどうしても心が躍ってしまう。

アルゼンチンとチリはもっと発展しててゴチャゴチャしてなかったから、なんか久しぶりにこのウキウキしちゃう感じ。


あ、でも全然写真撮ってないんだけど。

ゴチャゴチャカオスがウチの中で日常化しすぎてて、写真を撮る意欲がわかない。


ラパスに来た一番の目的はワイナポトシに登る事。

標高6,088mの雪山。

アイゼン装着して、ザイルで繋いで、スノーアックス持って、という本格的な雪山登山。

それが2泊3日で、ガイド、装備一式レンタル、山小屋、食事全部込みで15,000円で登れる。

だから登山経験がなくても、登山が特別好きなわけでもなくても、バックパッカーはお手軽という理由だけでとりあえず挑戦しとく感じなのである。


でもお手軽なのはかかる日数と値段だけで、誰でも登れるほど簡単なわけではない。

難しいルートではないけれど、やっぱり6,000mという標高は何をどう頑張ってもしんどい。

登頂率は20%とも50%とも80%とも言われていてよくわかんないけど、実際自分で登ったり、登った人の話を聞く限り50%ってとこかな。

半分くらいが途中で高山病でリタイアして下山する。


高度順応さえしっかりしておけばたぶん登れるんじゃないかと思う。

ペルー、ボリビアあたりは標高3,000m以上の町がたくさんあるから、そういう高所をゆっくり回ってきた人はわりかし高度順応ができてるし、駆け足で回っている人は高所の滞在日数が少ない分、順応できてなくて登山途中で高山病になってしまう。

ワイナポトシのツアーを申し込む時、ラパスに3日以上滞在してる事という条件があるけど、ラパスに3日いただけではたぶん厳しいんじゃないかと思う。

2週間くらいは標高4,000mくらいのとこにいればばっちりじゃないかと思う。

まぁそれでもどれだけ4,000mに順応してたところで、6,000mは別世界なので、やっぱりダメな人はダメだし、大丈夫な人は大丈夫って事。


ワイナポトシの前日、高度順応を兼ねて標高5,300mのチャカルタヤ山に行ってきた。

こんな道通ってぐんぐん登ってくんだけど。
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もともとスキー場だったって言うから驚きだよね。
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リフトとか何にもないけど。

温暖化で雪が積もらなくなって閉鎖したんだってさ。


周りの景色もなかなか絶景。
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すぐ前には明日から登るワイナポトシがドドーンとそびえる。
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あんなとこ登るのかーとビビる。



登山用のエネルギーフードも準備OK。
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ま、結局ほとんど食べなかったんだけどね。



とうとう当日。

旅行会社に集合してから車で最初のベースキャンプ4,8000mに移動。

この日はアイゼンの装着の仕方から、アイゼンを装着して歩く練習、スノーアックスの使い方、ついでにピッケルも装着してアイスクライミング体験まで。

あ、写真は人が映ってるのでなしです。


お腹がすきすぎて夕ご飯の前に出てきたポップコーンを食べる手が止まらない。

周りにひかれるほど食べ、挙句気持ち悪くなって全部リバース。

夕ご飯は全く食べれず。

初日から高山病かと望みを完全に失って打ちひしがれてたんだけど、翌朝から完全復活、ホントにただのポップコーンの食べ過ぎだったらしい。


2日目は4,800mのベースキャンプから、5,130mのハイキャンプまで移動。

2時間ほどの行程だけど、10キロ以上ある荷物を担いで5,000m越えは思った以上にきつい。

しかも天気は雪。

贅沢は言わないから明日のアタックの時だけは晴れてくれと祈る。


早い夕食の後、アタック時の説明を受けてペアを決め、早い就寝。

夜11時半起床です。

日付変わってません。

標高が高いと寝れないもの。

1時間ほどウトウトできただけ良しとしよう。


装備を装着し、朝ご飯を食べ、12時45分出発。

30分ほど岩場を登り、雪の斜面に到着。

アイゼンを装着し、ガイドとペアと自分の3人がザイルで繋がれる。

運命共同体。


何組ものペアがグループになって1列に雪山を進んでいく。

ちょこちょこ5分ほどの休憩を取ってくれるんだけど、カバンからカメラを出す体力も、手袋を外してチョコバーを剥く体力も、チョコバーを噛む体力も温存したいほどしんどい。

息を整えながらゆっくりチョコを食べてると、はい行くよと出発の合図があり、慌てて食べかけのお菓子をバッグにしまって3重の手袋をはめるのに、無駄に体力を消費する。

途中からは休憩の度、手袋を外さずに水を飲んで飴だけ口に放り込むようになった。


出発してから2時間経たないくらいのところで、ペアを組んだオーストリア人の女の子が脱落。

ペアを交換して、オランダ人の男の子と新たにペアを組んだ。

けれど彼もかなりフラフラ。

ガイドに、諦めて下山をするなら今だ、これ以上進むともうペアの交代は出来ないから、ダメになったらペア共々下山しなきゃいけなくなると何度も忠告を受けても、下山する気はない、行けるとこまで行きたい、と言い張り、ウチも頼むから下山してくれと言うこともできず、10歩ごとに立ち止まり倒れこみ動かなくなる彼とロープにつながれゆっくりゆっくり登っていく。


ワイナポトシはタイムリミットがある。

日が昇ると雪が解け始めて危険なため、登るペースが遅いとタイムオーバーで下山を余儀なくされる人も少なくない。

ウチはもう少し早く歩けるんだけど、運命共同体のペアが進めなきゃ待つしかない。


もううちらのペアの後ろには誰もいない。

日も登ってきた。

たぶんタイムリミットはもう間近。


体力があっても運がなきゃ登れないのが山らしい。

真っ青な顔をして座り込む彼に、無理ならウチも諦めて下山するから、無理なら無理と言って、どっちみちたぶん時間的に頂上まではもう行けないから、と伝える。


もう頂上が見えている。

すぐそこに見えてはいるんだけど、そこにたどり着くのがどれだけしんどいか、ウチも彼もよくわかってる。

頑張って6,000m地点まで行こう、と相変わらず往生際の悪い彼が言うので、またゆっくり歩きだす(笑)。


頂上まで行った人がどんどん下山してきてすれ違う。

そして6,000m地点に到着。

遂に彼は6,000mまで登ったら十分でしょ、と下山を決意した。

ウチも腹をくくり、6,000mまで登ったしよく頑張ったと無理やり自分を納得させる。

カメラを出す気力はなく、スマホで写真を撮った。

天気がどうなるか心配だったけど、しっかり景色が見渡せるほどには晴れてくれた。
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同じグループだったデンマーク人2人組が登頂して下りてきた。

パートナーの彼が頂上からの景色はどうだった?と2人に聞いた。

2人はたぶん気を利かせてくれて、ここと変わんないよ、とさらっと言ってくれた。

彼もそれで吹っ切れたみたい。


しばらくデンマーク人2人組と一緒に休憩してると、ガイドがウチに上まで行きたいか、まだ体力があるかと聞いてくる。

完全にここまでだと思っていたからびっくりしながら、無言で首を縦に振りまくった。

よし、じゃあちょっと待ってろ、とガイド。

デンマーク人2人組のガイドと何やら話し、ウチのパートナーの彼を、デンマーク人2人組のザイルに繋いだ。


あれ?ガイド1人につき2人までしか繋いじゃいけないんじゃないの??

そんなに厳しくないらしい(笑)。


頂上まで行ける!頂上まで行ける!

一気にテンションが上がり体力が湧き出てくる感じ。


彼と彼らに見送られ、彼らのガイドにもうかなり時間が遅くて危険だから、頑張ってなるべく早く戻ってくるように、と念を押され、ガイドと2人、山頂を目指す。


最後の難関。

この写真は、ほぼ同じ時間に登頂できた、一緒にこのツアーに参加したカップルが取ってくれた、登頂後の下りの写真。
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こんな道を15分ほどゆっくり進むと山頂です。


着いた。

登頂できた。

遅かったお陰で山頂ほぼ貸し切り独占。

早く下りなきゃと焦り、慌てて取り出した一眼レフは、アタック開始直後の真夜中の設定のまま、そんな事にも気づかずサササッと写真を撮って素早くバッグにしまった。

なので全部真っ白です(爆)。

頑張って一眼担いで登ったのになー、まともな写真1枚もなかったなー(爆)。

なので大サービス、顔出し写真(爆)。

これまた撮ってもらった、山頂での登頂成功しましたショット。
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前代未聞の7時間という長丁場でした。

普通は5~6時間で登れるらしい。


そしてさくっと下山。

夜中出発したハイキャンプまで下り、ガイドにチップを請求され、ガイドの機転で無事登頂できたウチは気分よくチップを払い、出してくれたスープを飲み干すと、一息つく間もなく荷物をまとめてまた10キロ以上のバックパックを担ぎ1日目のベースキャンプまで下山。

足ガクガクで下山中踏ん張れず、3回こけた。

1回は危うく岩に激突するとこだった。

3回目はなんか自分のボロボロさ加減に泣きそうになった。

なかなかフラフラでした。


そしてそのままラパスまで戻ってきた。


未知の世界の3日間でした。

ゴチャゴチャな街に戻ってきて、数時間前まで6,000mの雪山で死ぬほどしんどい思いしてたのが嘘のようで、でも体の困憊具合は本物で。

いい経験だった。

登れて良かった。


パートナーだった彼には悪いけど、山頂からの景色はやっぱり、6,000m地点の景色の何倍もキレイでした。

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# by aya-papaya | 2018-04-19 10:09 | ボリビア | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 18日

ポトシ。

ウユニからポトシに移動した。

行きたかったのは鉱山ツアー。

もう使われてない鉱山の見学はいろんな所でできても、現在進行形で稼働してる鉱山に入れるツアーはそうそうないんではないかと思う。



Cerro Rico

セロ・リコ、豊かな丘と呼ばれる標高4000mを超えるポトシの鉱山。

負の世界遺産と言われている。

スペイン統治時代、大量の銀を産出してスペイン帝国の繁栄になくてはならない存在だった。

スペイン語でお金の事を"la plata"と言う。

英語にすると"the silver"、銀=お金だったこの時代にできた言い方なのだろう。


このセロ・リコから掘り出された銀の量は、当時のヨーロッパの経済事情を一変させるほどの量で、ボリビアからスペインまで純銀の橋が架けられると言われたほど。

そして、この鉱山で命を落とした人の骨で、同じくボリビアからスペインまで届く橋が作れると言う。

その数800万人とも言われている。


賃金のかからない労働力として、先住民とアフリカから連れてきた奴隷たちは次々に使い捨てられた。

特にアフリカからの奴隷たちは、いきなり標高4000mに連れてこられ、バタバタと死んでいったという。

さすがにこれはまずいと思ったスペインは、標高の低い場所に黒人奴隷たちを連れていき、そこでコカの栽培をさせた。

今でもアフロボリビアーノと呼ばれる、見た目は黒人だけれどボリビアの民族衣装に身を包んでいるボリビア人、当時の黒人奴隷たちの子孫が住んでいる、コカの葉の産地がある。


全盛期は南米最大人口を誇る都市にまで発展したポトシも、銀が取りつくされるとみるみる廃れていった。

その後、錫など銀以外の資源が見つかり多少の盛り上がりは見せたものの、もちろん昔のような繁栄をもたらしてくれるほどではない。

残った穴だらけのセロ・リコと、湧き出てくるお金のお陰で建てられた豪華な街並みが世界遺産に登録された。

そして今もなお約15,000人の鉱夫たちが多くを手作業で採掘し続けている。


環境は劣悪だ。

鉱夫の平均寿命は4~50歳と言われている。

いつどこが崩れるかもわからない、いつどこから有毒なガスが出てくるかもわからない。

スペインから独立後は国が管理しており、それなりに鉱夫に対する補償もあったそうだが、産出量が減ると国は権利を手放した。

今は組合のような組織がいくつかあり、そこに登録することでその組合が所有するエリアでの採掘ができる。

ただしあくまで出来高制であり、ダイナマイト等を含む必要な道具はすべて自分たちで買わなければならず、また保険や補償のようなものも一切ない。

鉱物の抽出技術が上がり収入が見込めるようになると、国がまた鉱山の所有権を取り戻そうと動き出したが、課税率がぐんと上がり、鉱夫たちの稼ぎが減るのがわかりきっていたので、組合皆でどうにか阻止したそうだ。

ポトシの町で普通に働く人の平均月給が2,000ボリビアーノ(約3万円)なのに対し、鉱夫の平均月収は4,000ボリビアーノ。

運よくいい鉱脈が見つかれば6,000ボリビアーノ稼げる事もあると言う。

そしてもちろん、何も見つからなければ収入がゼロということもあり得るのだ。



そんな鉱山で、実際に採掘してるところを見学できるツアーを、ポトシの町からいくつもの旅行会社が出している。

大抵は鉱山での労働経験のある元鉱夫のガイドが、自分とコネクションのある組合の所有するエリアを案内してくれる。

ツアー代金は1,500円ほどで、その一部が謝礼として組合に払われる仕組み。

旅行会社によってツアーの内容、そして鉱山内で行けるエリアも違い、場所によって活気も全然違うので、旅行会社はしっかり選びたい。

私は結局2回、それぞれ別の会社でツアーに参加した。



なかなかハードな工程で、服も汚れるので、まず支給されるカッパの上下に着替える。

そして長靴、ヘッドライト付きのヘルメット。

軍手、マスクは自分で準備しておいたほうがいい。

ものすごい砂ぼこりで、梯子を上ったり、穴にもぐったり、穴を降りたり、穴を上ったり、所々手をつかなければ進めず手も汚れるので、カメラは自己責任で。

手ぶらで行くのが一番。


鉱山に行く前に、マイナーズ・マーケットと呼ばれる、鉱夫たちが必要なものを買いそろえるための店に行き、鉱夫へ直接手渡すお土産を買う。
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ここで買うのは、コカの葉、ジュース、96度のアルコール、そしてダイナマイト。


鉱山の中で、鉱夫たちは食事を取らない。

砂ぼこりがひどいのと、ただでさえ標高が高く更に鉱山内で酸素が外よりも薄くなっているのに、胃に食べ物を入れると、消化するエネルギーに体内の酸素を使ってしまって苦しいからだそうだ。

そのため、鉱山の中で食事を取る代わりにコカの葉を噛み続けて空腹を紛らわす。

コカの葉は酸素の薄さからくる頭痛も解消してくれる。


96度のアルコールは、口内の消毒、そして朝と夕、仕事の始まりと終わりに行うお祈りに、さらには火を点して、酸素が十分にあるか、または有毒ガスが発生していないか、を時々確認するために使う。

火がつけば問題なし、火が消えれば急いでそこから脱出しなければ死んでしまう。


そしてダイナマイト。

手っ取り早く採掘するには必要不可欠なもの。

もちろん危険は伴う。

使いたい場合は鉱夫が実費で買わなければいけないので、手土産として持っていくと喜ばれる。

ガイドがダイナマイトの使い方を丁寧に説明してくれる。
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手土産は20ボリビアーノ程度(300円ほど)しかかからない。

ダイナマイトも起爆剤のアンモニアと導火線の1セットで20ボリビアーノで買える。



いよいよ鉱山に向かう。
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町よりも標高が上がる。
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入口に到着。
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無数に開く入口の一つから中に入る。

前かがみにならないと歩けない高さしかない。
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少し進めばもうヘッドライトの明かりなしでは何も見えない。
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鉱物が溶け出したすごい色の水が所々溜まっている。
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硫黄のにおいがかなりする。
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トロッコに掘り出した石を積み込む鉱夫たち。
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すぐに脱線する1~2トンの石を積んだトロッコを押す。
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外まで押し出し、中身を空けたらまた中に戻っていく。
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少し傾斜のある所はかなりのスピードでトロッコが走っていく。

レールのある通路も、トロッコがギリギリ通れるほどの大きさしかない場所がほとんどで、トロッコを避ける場所は多くないので、ガイドと鉱夫がライトで合図を送り合いながら、トロッコが途切れる合間にツアー参加者は小走りで通らせてもらう。
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さらに奥、トロッコのレールが敷かれていない場所は手押し車で運び出す。

手押し車も入れない場所からは、石を入れた何十キロもする袋を担いで歩いてくる。
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ダイナマイト用の穴を開けて、ダイナマイトを詰める。
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導火線は3分間。

着火して3分の間に遠くに離れる。

けれど、奥に行けば行くほど、しゃがまないと進めないほどの狭い通路、数メートルの高さの縦穴などばかりで普通に歩ける場所はないので、3分で離れられる距離はそう遠くない。


ドスンと爆破の音が通路に響く。

爆破直後は砂ぼこりで近づけないので少しの休憩。


鉱物を含むお金になる石を見せてくれた。

この石に入っている2㎜ほどの小さな黒い点が銀らしい。
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トロッコ1杯、2トンの石を運び出して、そこから取れる鉱物は一体何グラムくらいになるんだろうか。



酸素の薄い鉱山の奥深く。

常に命の危険と隣り合わせ。

空気の悪さで喉や肺を痛めるらしい。

そこで働く鉱夫たち。

若い人も多い。

父親、親戚、家族で働く人も少なくない。

働きたいと来るものは拒まない。

家柄が良くなくても、学がなくても、体力さえあれば誰でも働ける。

うまくいけば、普通の人より稼げる。

うまくいけば。
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2時間ほど鉱山の中をいろいろ見せて回ってくれた。

外に出ると、ようやくまともに息ができる。

外の空気だって決してキレイなわけではない。

砂ぼこりと排気ガス。

それでも鉱山の中の空気に比べれは、森林で深呼吸するくらいな気分になる。


鉱夫たちはまた我先にと空になったトロッコを押して中に戻っていく。
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期待以上に重みのあるツアーだった。


無計画に、アリの巣のように何百年も掘り続けられてきたセロ・リコ。

いつ、この山自体が崩れ落ちてもおかしくはない。

それでも鉱夫たちは毎日朝から掘り続ける。



町から見えるセロ・リコ。
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鉱山とは別世界の、少しあか抜けた感じの町並みと人々。
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スマホを持って町を歩く若者、かわいい制服を着て学校から出てくる子供たちを見て、もしかしたら彼らの家族の誰かは、家族を養うために鉱山で働いているかもしれないと思わずにはいられなかった。


町中にある造幣所もなかなかの見ごたえだった。

ツアーでしか入れないので、ガイドさんが歴史を丁寧に説明してくれる。

カメラの持ち込みが有料だったので、写真はなし。

セロ・リコで取れた銀で銀貨を作っていた場所。

ここでも多くの奴隷が過酷な環境下でバタバタと死んでいった。

当時、銀貨の鋳造の過程で水銀を使っていたので、そこで働かされた奴隷たちは、3か月と持たず死んでいったそうだ。

次々と使い捨てられた、お金のかからない奴隷たち。


スペインにとってお金の湧き出てくる場所だったポトシ。

今、世界中で認知されているドルマーク『$』、これ、ポトシで作られていた銀貨に刻印されていたPOTOSIを意味するPとTとSを重ねたマークが元になってるって知ってました?



ご飯も安くておいしいし、食べ歩きも飽きない。

標高が4000mを超えてて、坂が多く、町歩きだけでなかなかシンドイことを除けば、とても居心地のいい町でした。

ボリビアに行く人は、ウユニだけじゃなくてぜひポトシにも足を延ばしてください。

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# by aya-papaya | 2018-04-18 08:58 | ボリビア | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 18日

念願のウユニ。

旅を始める前、漠然と旅の予定を考えていた時、旅で絶対に外せない見どころをいくつかピックアップした。

ウズベキスタンのモスク、エジプトのピラミッド、マダガスカルのバオバブ、そしてボリビアのウユニ塩湖。

なにがあってもこの4つは絶対に見に行こう。

この4つを見れたら旅を終えても悔いはない、と思った。

そしてこの4つの中でもダントツ1番だったのがウユニだった。


15年ほど前、カナダワーホリ時代の友人が南米をバックパックで回っていた時、彼の写真で初めてウユニ塩湖という存在を知った。

それは乾季のウユニで、見渡す限り広がるハチの巣状の模様の真っ白い塩の大地だった。

その写真を見た時の興奮は今でも覚えている。


その後、別の人の写真で、雨期のウユニの鏡張りの写真を見て、最初を上回る衝撃を受けた。

なんだここは。


今でこそ誰もが知る存在となったウユニだけど、当時はまだまだ日本ではほぼ無名だった。

ウユニ?何それ?って感じだった。


そんな秘境感も併せて、自分の中で死ぬまでに絶対行きたい場所No.1に君臨した。



時は流れ、あれから15年。

誰もが行きたい場所に挙げるほど有名になったウユニは、日本と化していた。


大学生が休みの、一番日本人が多い時期を外したにも関わらず、ウユニの町には日本人がうじゃうじゃいた。

うじゃうじゃというか、もうほぼ日本人なんじゃなないかというくらい日本人がいた。

なんなら最近の渋谷のほうが外国人率が高いんじゃないかと思うくらい、日本人だらけだった。


まぁ自分もそんな日本人のうちの一人なんですが。

もう割り切ってウユニに集中した。


初のウユニ突撃は夕方から。

曇り気味。

風もあり、鏡張りもイマイチだったけど、夕焼けで少し染まった空が映った。

見とれる景色。

アフリカゾウの顔に見えてきたのは、アフリカシックなウチだけでしょうか?
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湖面に映る星空は撮れなかったけど。
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Full Dayツアーでは曇りだったもののキレイな鏡張りが見れた。
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ひたすら眺めていると、左右対称の絵を90度倒して見ているような不思議な感覚に襲われる。
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現れた彩雲にも感動。

こんなしっかりカラフルな彩雲初めて見た。
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そして夕焼け。
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雲が多かったお陰で、神がかった夕焼けになった。
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普段写真は撮る専門で写真に写る事のないウチだけど、どうにもたまらず撮ってもらった。

この自分が宇宙に立ってる感覚を見せたくて。
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やばい。まじでやばい。

どれだけ語彙力がないと言われようと、ほんとにすごい時には言葉は出てこないもの。

完全に宇宙にトリップしてきた。

ウユニは裏切らなかった。

裏切らないどころかこれでもかと見せつけてくる。


雲が流れて見る見る変わっていく目の前の光景。

何時間見続けても飽きない景色。

最高の自然のエンターテイメント。


ウユニ、すげー。


後日再びトライした星空は、やっぱりスカッと晴れなくて、星も思ったほど明るくなくて、風もあって。

辛うじて星写ってるけど、ちょっと不完全燃焼。
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最後の朝は曇りだったけど、それがまた不思議な世界観を醸し出してて美しかった。
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雨期が終わったらまた戻ってきて、快晴のウユニ塩湖、そして乾いたハチの巣状のウユニ塩湖を見に来よう。



ちなみに、これが見れたら旅を終えても悔いはないと言った4つ全て見たけど、今終わったら悔いだらけ、まだまだ終わる予定のない相変わらずな今日この頃です。

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# by aya-papaya | 2018-04-18 00:05 | ボリビア | Trackback | Comments(0)
2018年 04月 17日

フフイ。

ブエノスアイレスから一気に北上。

ボリビアに抜けるついでにコルドバとフフイに寄ってみた。


コルドバは1泊しかできなかったけど、こぢんまりとしてて、でもひつようなものは揃ってて、宿も最高に居心地が良くて、いい町だったなー。

チェ・ゲバラが育った家を見たかっただけだから町中あんまり観光してないけど。

カテドラルは素敵だった。
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夜行バスでサン・サルバドル・デ・フフイに行ってそのままプルママルカに向かう。

1泊するつもりだったんだけど、キャンプサイトが思った以上に高くてさらに居心地が悪そうだったから、泊まらないで先に進むことにした。

荷物だけ預けて、村の向かいのミラドールに登る。
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んーーーまぁまぁ。

色いじらないとこんな感じですよ、虹色の丘。


でもその辺の石もカラフルで面白かった
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村の裏側をちらっと歩く。
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トレッキングコースがあるのに歩かないわけにはいかないしね。

でも1時間かからず終了。


サクッとウマワカ行のバスに飛び乗った。

事前情報では、ウマワカの村から14色の丘と呼ばれるオルノカルまではタクシーチャーターしかないって聞いてたけど、

バスターミナルから1日2本、観光バスが出てました。

往復200ペソで入場料、あったかいお茶付き。

タクシーより経済的。

オルノカルで1時間の時間を取ってくれます。


久しぶりにおぉぉぉぉーーーーーーー!っていう景色だった。

これが見たかったんです。
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自然って相変わらずすごいね。

色いじらなくても十分すごいでしょ。

変にいじりすぎててピンク色とか入ってる写真あったけど、いじらないほうがいい。



ちなみに標高高いです。
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坂がきつい。

ちょっと頭痛くなりました。



翌朝、ウマワカからボリビアとの国境の町ラキアカまでバスに乗り、歩いて国境を渡る。

アルゼンチンの出国では普通にスタンプ押されてレシートのようなものを貰ったんだけど、ボリビアの国境は外国人はスルー。

後々不法入国なんて事になったら非常にメンドクサイからしつこくスタンプいらないの!?って国境で聞いたけど、いらないいらない、アルゼンチンのスタンプだけで大丈夫、との事。

ってことで入国審査ありませんでした。

後日ボリビアを出国する際、アルゼンチン側でもらったレシートのみで問題なく出国できました。


ボリビアに入ったとたんグンと物価が安くなった。

有り難い、有り難い。

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# by aya-papaya | 2018-04-17 03:37 | アルゼンチン | Trackback | Comments(0)