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2013年 09月 06日

ボスニア・ヘルツェゴビナ

まずはモスタル。
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それでもやっぱり戦争の跡はあったりして。
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モスタル、いいトコだったなー。

1泊で抜けたけど、もう1日ぐらいゆっくりしてもよかったなと思った。

ドブロブニクに比べれば物価もぐっと安くなったし。

なんかやっぱり、海よりも山と川のほうが好きなんだなと自分で実感した。

海もキレイなんだけど、なんかホッとできないんだよなー。

その辺、やっぱ岐阜っ子だな、と(笑)。



そして、サラエボ。

コソボに並んで絶対に来たかった場所。

歴史がありすぎて。しかもわりと最近の。

なんか、ホントすごかった。


まずこれ。

左の橋がラテン橋。

この橋の前で第一次世界大戦が始まった。サラエボの銃声。
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あとはもうなんて言うか、戦争の跡、跡、跡。

旧市街もステキなんだけど、最近この辺りの旧市街ってやつを立て続けに見てるから、特に感動もなく。

そんなのより、と言っては失礼だけど、それでもそんなのよりこっちのほうが何倍も衝撃的でしょ。
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スナイパー通り。
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こうやって見ると、普通の大通り。

でも戦争中、この通りで何百人、何千人が撃たれたか。

女性も子供も容赦無く。

セルビア軍のスナイパーによって、そして、仕事が休みの週末にハンティング気分で人を撃ち殺しにセルビアから来る人たちによって。

誰かが撃たれても助けに行けない。行けばスナイパー達の恰好の餌食になるだけ。

そんなスナイパー通りにあるHoliday Inn。

戦争中も営業を続け、ジャーナリストたちの溜まり場になっていたという場所。

銃弾もたくさん受けただろうけど、今ではキレイになってます。

当時と変わらず黄色で。
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1984年、サラエボ冬季オリンピック。

ユーゴスラビアだった当時、共産国で初めて開催されたオリンピック。
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その場所が、10年後には巨大な墓地になるなんて誰が想像できただろう。
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溢れる遺体。墓地に運ぶには多すぎる数。

集められて行き場のない数千の遺体。

仕方なくその場に埋めるしかできない。

そのままそこが巨大な墓地になった。

でもここも激戦区。

砲撃を避けながらの埋葬作業だった。

広い敷地にキリスト教とイスラム教に別れてどこまでも続く墓標。

そのほとんど全てが生まれた年は違えど、終わりは1992から1995年になっている。

この3年間にサラエボでは約11,000人が亡くなった。


街を歩いてるといたるところにある銃弾の跡。

最初は衝撃を受けたその景色も、3日目にもなると見慣れてきてしまう。

蜂の巣にされた建物にも人は住んでるし、そんな建物の前を家族連れが楽しそうに歩いて行く。

そんな建物の前を手を繋いで歩く若いカップルもいれば、サッカーをする子供たちもいる。

銃痕さえ見なければ、何事もなかったかのように見える街。

でも、人の心の中には、建物の壁と同じようにたくさんの傷がまだ生々しく残っているのかと思うと、街を歩いている一人一人を、尊敬の眼差しで見ながら一人で泣きそうになる。

片足のない30歳ぐらいの女性。

10代の時に撃たれたのかな。

物乞いをするおばあちゃん。

戦争で家族を失ったのかもしれない。

そういえばコソボで見かけたホームレス。

ジュリーが教えてくれたけど、戦争前、あの人はたぶんコソボで一番頭のいいすごい教授だったらしいんだけど、戦争が起きてから、おかしくなってしまったらしい。今ではゴミを漁る路上生活者。

戦争で全てを失ったか、それとも人間に絶望したか。


戦争って本当にコワイ。

センソウハンタイ。


暗くなってしまったので、暗くない写真。

旧市街の公園で毎日、1日中繰り広げられるチェス。
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旧市街から川を挟んでの景色。
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地震が起きたら一発アウトな高層アパート。

ちょっとバラカの映像を意識してみた。
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ボスニア、特にサラエボ、濃かったなー。

ものすごい重たいはずなのに、その重さを感じさせない明るい雰囲気が好き。

平和を愛するボスニア人たちのおかげか。


これで、旧ユーゴ圏の戦争の跡はひと段落かな。

しばらくは普通に観光して、アウシュビッツに向けてちょっとリフレッシュしよう。
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by aya-papaya | 2013-09-06 05:27 | 中東欧 | Trackback | Comments(0)
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