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カテゴリ:中央アジア( 15 )


2012年 09月 07日

写真つきで振り返る、最後の10日間。

ウズベキスタン ブハラ
行く予定じゃなかったブハラ。

前日までの移動に疲れたのと、サマルカンドの宿でブハラに行く人がいたので便乗して1泊した。

あんまり期待してなかったけど悪くなかった。

新しいテーマパークって感じ。
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ウズベキスタン ヒヴァ
ブハラが中国の麗江ならヒヴァは大理。

小ぢんまりとしていい雰囲気。

独立記念日に伴う祝日でお洒落した人がたくさん。

地元の人なのか、国内外からの旅行者なのかは定かじゃない。

綿菓子売ってたり、ビミョウな安っちいおもちゃが並んだお土産やさんがずらり。

至る所でルービックキューブ売ってるもんだから本気で買おうか迷ったじゃないか。
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朝、早起きしてまだお店が出てないうちに散策。
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トルクメニスタン ガスクレーター

砂漠のど真ん中に開いた有毒ガスが吹き出ている大穴。

そのままにしとくと有毒ガスが蔓延してしまうから火をつけてガスを燃やしている。

30年だか40年だか燃え続けているガスクレーター。

これが見たかった。

熱風が吹き付けてなかなか近づけない。

頑張って近づくとカメラに収まりきらない。

写真じゃイマイチ凄さが伝わらないのが残念。
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ほぼ満月とガスクレーター。
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ほぼ満月とガスクレーターとワタシ。
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ちょっと離れたところから撮ったガスクレーター。
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ちょっと離れたところから撮ったガスクレーターと一緒に行ったフィリップさん。
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泊まったチャイハナのおじさんとおばさんたち。ここで働く女の子達と、ここに布団を敷いて雑魚寝。
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砂漠にたくさんいた野良ラクダ。
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トルクメニスタン 首都アシュガバート
中央アジアの北朝鮮と言われる独裁国家トルクメニスタン。

ソ連解体、独立後、ハジけにハジけた前大統領ニヤゾフ氏。またの名をトュルクメンバシュ(トルクメ人の長)。

初代にして終身大統領。

アシュガバートの街中にいくつもある黄金のトュルクメンバシュ像。

金正日や毛沢東並に至る所に掲げられていた肖像画や写真(ちなみに今はほとんどが現大統領のものになっている)。

トュルクメンバシュが書いた本「ルーフナーマ」は、学校で習い、暗記をし、運転免許の試験問題にまで出てくるとか。

毎週金曜日は国民がルーフナーマを読む日だとか。

街の中心にあるルーフナーマの巨大モニュメントからは毎晩8時になるとアザーンのように朗読テープがスピーカーから流れてくるとか。

ま、ルーフナーマに関しては、ニヤゾフ大統領が2006年に亡くなって今の大統領になってからはかなり緩くなって、義務ではなくなったらしいけど。

メロンが好きすぎてメロンの日を作っちゃったりとか。

とにかくやりたい放題。

もっと詳しく知りたい人はウィキるなりなんなりしてください。

中央アジアの北朝鮮、トルクメニスタンの金正日と言われつつも、国自体はガスクレーターでわかるように豊富な天然ガスのおかげでかなり潤っている。

大統領の方針で、教育・医療費・電気やガス・水道などが無料、さらに生活用品などとにかくなんでも安いので、首都と地方都市での差はあるものの、国民は不自由なく生活している。

ここが北朝鮮との大きな違いか。

交通費もとにかく安い。

クーラー付きの大理石でできたバス停から乗る市バスは一律0.2マナト、たぶん5円ぐらい。

電車は寝台に15時間乗って200円。

経済的ゆとりがあるおかげか、人も感じが良かった。

首都アシュガバートはひたすら金と大理石でできている街だった。

チャイハナからアシュガバートまでヒッチした車にサングラスを置いてきてしまったウチには、眩しくてたまらない。

お金の使い道に困っているのか、はたまたただの派手好きか。

大理石のビル群はもう十分だから、地方都市までの道路をしっかり舗装してくれぃ。

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こっそり隠し撮りした黄金のトュルクメンバシュ像。手にはルーフナーマと思われる本を抱えていた。
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中立のアーチ。通称「回る黄金大統領」。
去年ぐらいまでは街の中心にあって、一番上の黄金のトュルクメンバシュが常に太陽の方向を向くように回転する仕組みだったらしいんだけど、今は郊外に移されて、ずっと街の中心を見つめている。
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ヒマだったので、回る黄金大統領のタワーに登ってみた。ちなみにチケットは3マナト(約100円)。
エレベーターがゴールデンだった。
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展望台に必ずある望遠鏡まで豪華だった。
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アシュガバートの町並み。全部大理石。
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ゴールデンなワタシ。
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ちなみにこれは現大統領。前大統領トュルクメンバシュ色一色だった街を変えようと頑張っているらしいです。
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とまあ、とにかくクレイジーな街でした。面白すぎです。

街をブラブラ歩きながらひたすら笑いを堪えていたウチ。

顔ニヤけてたかも。


カスピ海
サヨナラ変な国トルクメニスタン。

5日間のトランジットビザでのトルクメニスタン滞在。

出国はギャンブルな不定期船。

いつ出るかわからない船。

最近はほぼ毎日出てるらしいという噂に期待して突撃!

もしビザ期間内に船が出なければオーバーステイ確定でとってもメンドクサイことになる。

何日もターミナルで船待ちをしたとか、何日も待っても船は出なかったとか、かなりギャンブルでトライする人自体そんなに多くはないルート。

でも船を待つこと27時間、無事、船に乗れました。
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長かった中央アジアもとうとう終わり。

なんかぜんぜんうまく進まなくて、けっこう大変だったけど、今振り返るとなんだかんだかなり楽しかった!

最初はもう来ないかなーと思ってたけど、いつか、ロシア語をもうちょっと勉強してからまた来たいと思った。

ステキな人たちにたくさん会ったのに、あまりコミュニケーションが取れなかったのが心残りです。


さてさて、また新しい旅、コーカサス編の始まりです。
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by aya-papaya | 2012-09-07 23:25 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 09月 07日

さよなら中央アジア。

アゼルバイジャン到着ー!!

ここは大都会だ!!

ヨーロッパみたいだ!!



ビシュケクを出たのがほんの10日前なのにもうずいぶん前のような気がする。

それもそのはず、この10日間の移動距離というか移動時間はかなりのモンである。

ひたすら移動、そして最後の4日はシャワー無し、要するに宿に泊まらずとにかく移動である。



8月28日
まず朝早くビシュケクを出て、カザフスタンのアルマティへ。なんだかんだでギリギリの時間に到着、ウズベキスタン国境までの夜行バスのチケットを買ってから一目散にウズベキスタン大使館へ。無事ビザを受け取り、時間を潰して夜9時、バス出発。

8月29日
夜中、超寒いのに、意味不明な感じで、ドアを開けたまま道路で3時間ほどストップ。あれはなんだったんだろう。バスの終点まで乗って、バスの運ちゃんに言われるまま、タクシーで国境へ向かう。いざ着いてみると、前回来たところと違う。案の定、そこは地元民用オンリーの国境で外国人通行不可。そこにいた親切ポリスマンの手引きで更にタクシーでようやく国境到着。前日夜9時出発、国境に着いたのは昼の3時…。そのままバスターミナルに直行し、シェアタクでサマルカンドへ。サマルカンド到着は夜の9時。結局移動時間24時間…。

8月30日
ヒヴァまで行くつもりが予定変更、途中のブハラで一泊。だって疲れたもん。

8月31日
翌9月1日が独立記念日とかでバスがないと言う。選択肢無しでシェアタクでウルゲンチへ。値段もいつもより高め。根気よく交渉してなんとか相場へ持ち込み出発。舗装されてない道を延々と7時間爆走。ウルゲンチからヒヴァ行きシェアタクに乗り換えて、夕方ようやく到着。

9月1日
独立記念日。ヒヴァ中、お洒落した人だらけ。この日はゆっくり観光。移動無し。この後4日間シャワー浴びれないとは思わなかった。

9月2日
何がなんでもガスクレーターまで行ってやる!と気を入れる。まずシェアタクでウルゲンチまで。相変わらず独立記念日に伴う祝日でバス無し、シェアタクの値段も法外だ。バスターミナル前での交渉を諦め、マルシュに乗ってバザールまで。そこでビールーニー行きシェアタクに乗り込む。ビールーニーで運良く、ヌクス行きミニバス発見、その運ちゃんがちょっとの追加料金で国境の街ホジェリまで乗っけてってくれた。そこからさらにマルシュで国境へ。国境通過も問題なくいざトルクメニスタン入国!つい顔がにやけてしまう。ちなみにトルクメ入国時、恒例の荷物の重さチェック。なんとビックリ、全部で30kgもありました。国境から乗り合いタクシーでバザールへ。お金を両替せねば。最初に聞いたおばちゃん、アタシが換えてやるわよとウチの$50札を奪い、50トルクメマナト札をよこしてくる。ふざけんじゃねーよこっちはちゃんとレート知ってるんだよと$50を奪いかえしさ迷う。すると英語が喋れる青年登場。バザール内の両替屋まで連れてってくれた。無事×2.85計算で$50が142マナトになった。さらにその青年がアシュガバード行きシェアタク乗り場までのタクシーを捕まえてくれて、タクシーの値段も教えてくれた。シェアタク乗り場までは1マナト、そこからアシュガバードまでは40マナトだからそれ以上払ってはいけないよ、と。あぁなんて親切な青年なんだ。
アシュガバード行きシェアタクの交渉は難航、行きたいのはアシュガバードまでのちょうど中間地点のダルヴァザ。途中で人を拾えないから、アシュガバードまでの料金を払えと全く折れない運ちゃん達。1時間の交渉の結果、これ以上待つと今日中にダルヴァザに着けない、さらに運ちゃんも、あと1人乗れば出発できるって状況で35マナトで交渉成立。ま、しゃーない。3時間でダルヴァザ到着。砂漠のど真ん中、チャイハナ(休憩所兼レストラン)泊。
ガスクレーターに感動。熱かった。チャイハナスタッフの女の子達と雑魚寝。

9月3日
朝、ヒッチハイクはすぐに捕まった。3時間半でトルクメニスタンの首都、アシュガバードに到着。駅まで送ってもらい、ダメもとで夜行列車の切符があるか聞きに行ってみると、ありました。じゃあそれで、とさっそく購入。チケットカウンターのおばちゃんが指を6本立てるもんだから、迷わず60マナト出すと、6だ6だと言って54マナトのおつりを返してきた。6マナト!?車で飛ばして7時間かかる距離ですよ。6マナトって200円ですよ。
夜までゴールドと大理石で眩しすぎる超クレイジーなアシュガバードの街を散策していざ200円の夜行電車に乗り込んだ。快適な寝台列車。安すぎる。さすが、トルクメニスタン。すごいぞトルクメニスタン。

9月4日
15時間かけて、トュルクメンバシュに到着。30kgの荷物に加えて、とりあえず水4,5リットルに食料、合わせて35kg、間違いなく過去最高に重い荷物を背負って、タクシーに乗ればいいものを、何故かフェリーターミナルまで歩いた。駅から2kmって書いてあったのに、あれは直線距離で実際もっとあったぞ。1時間歩いてお昼12時、ようやく到着。フェリー無し。人もいない。どうやら今日は確実に船はなさそうだ。ターミナル泊決定。まだ大丈夫、トルクメビザが切れるまであと2日ある。きっと大丈夫。でもやっぱりかなり心配になる。明日も船が出なかったら、一度街に戻って食料を買い足しに行かねば。その日、ターミナル泊の運命をともにした夫婦がお茶とナンに肉と肉の脂をふんだんに挟んだご飯をご馳走してくれた。寝袋を広げて冷たくて固いベンチで就寝。

9月5日
朝起きたら、なんか人がいっぱいいた。どうやらバクーから船が着いたらしい。って事は今日船が出る!やったー!なんとなくあと2日ぐらいターミナルに住み付くような気がしてたけど、気のせいだったっぽい。バクー行きっぽい人達も増えてきた。お昼10時ごろ乗船手続き開始。乗船手続きから乗船まで5時間かかった。船の乗組員にお金を払いいざ乗船。連れて行かれた部屋は乗組員のおっさんの部屋。君はここで僕と寝るんだ。シャワーもトイレもDVDもある。いいだろ~。はぁ?何言ってんの?ばっかじゃないの。$90払ってなんでこの気持ち悪いおっさんの部屋で、おっさんのベッドで寝なきゃいけないの。本気でキレそうになる。拒絶表明を続け、なんとか別の部屋をゲット。危なかったぜ。ちゃんと1人部屋、洗面台付き。船に乗り込んでから3時間後夕方6時、ようやく出航。ターミナルで過ごした時間27時間。

9月6日
乗船予定時間9時間と聞いていたけど、結局出航してから23時間後、とうとうバクーに到着。



以上、この10日間の軌跡。よくがんばった、ウチ。
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by aya-papaya | 2012-09-07 14:27 | 中央アジア | Trackback | Comments(2)
2012年 08月 26日

今のとこ一応。

順調です。

無事、アルマティでトルクメビザを受け取り、ウズベクビザを申請。

火曜日にウズベクビザを受け取ってウズベクに向かいます。

トルクメビザの都合で、ウズベク5日間で抜けなきゃいけないので、タシュケントからたぶん、真っ直ぐヒヴァに向かいます。


それからトルクメビザ、出入国地指定でビザに記載されるんですが、出国地間違ってるんですよね。

トゥルクメンバシュで申請したのに、トゥルクメナバットになってる。

これじゃヌクスから入国のブハラへ抜けるルートになってしまうじゃないか。

って事は意外と最初からウズベクから行って帰ってくる感じで申請しても受けてもらえるんじゃないだろうか。

領事に違ってるんですけどって伝えたら、一言「ノープロブレム」と返ってきた。

うん、意外と適当だ。


ま、これで最悪船に乗れなさそうでもウズベクに戻る事ができるってのが判明したからちょっと保険かけた感じ。



とうとう2ヶ月過ごしたビシュケク&南旅館ともサヨナラだ。

いいとこだった!


これから一気に進みます。
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by aya-papaya | 2012-08-26 13:05 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 19日

今後の予定。

待って待って待ったイランビザ。

とうとう!!

ついに!!




取れませんでした。

2ヶ月弱待ったのに。

1ヶ月半待ってようやく先が見えてきて、後は旅行会社にインビテーションレターをもらうだけ。

指定された旅行会社に行ったのが先週の水曜日。

月曜日に取りに来いと言われ、ドキドキしながら受け取りに行くと、「まだ来てない。届いたら電話をするから」と言われた。

時間がないんだって訴えると、「インビテーションレターにはそんなに時間はかからないから大丈夫」と笑顔で言われる。

仕方なく宿の電話番号を渡して帰ってきた。

電話は来ない。

翌日、催促の電話。「今日届く予定だから、届いたら電話する」との事。

電話は来ない。

電話は来ない。

そしてやっぱり電話は来ない。

木曜日、旅行会社に押しかけた。

どっかに電話をかけてなんか難しそうに話してる。

聞き取れた単語は「イポーンカ(日本人)」のみ。

そしてカタコトの英語で告げられた。

「飛行機のチケットがないとインビテーションレターは出せません」と。

「飛行機のチケットがあればインビテーションレター出せるけど、今日から月曜日まで祝日で大使館お休みだから、火曜日にまたおいで」と。


トルクメからイランまで飛行機飛んでねーんだよ!!

だいたい飛行機で飛ぶならアライバルビザ取るっちゅーねん!!



2ヶ月弱待った結果がこれでしたよ。

だいたい、インビがいるなら申請時に言ってくれればよかったのに。

それに旅行代理店も、航空券がいるってのは頼んだ時に調べろよ。


この2ヶ月は一体なんだったんでしょう。

もう落ち込むとかそういうレベルを超えました。

旅をやめようかと本気で考えました。踏みとどまりましたけど。



イランに対して怒ればいいのか、まともに仕事のできないダメなキルギス人に対して怒ればいいのか、それともソビエト的社会構造に対して怒ればいいのか、はたまた自分自身に怒ればいいのか。

よくわかんなくて、やる気を完全にそぎ落とされて、なぜか怒りは湧いてこない(笑)。


無駄に2ヶ月もビシュケクにいて、無駄にカザフとウズベクのビザを取り直して、一体ウチはなにをやっているんだろう。

今更ながら、大金はたいて大急ぎでカシュガルまで飛行機使った自分がアホらしい。

とことんついてないなーーー。



何かマイナスの気でも漂ってるのか、一昨日、ipodがイカレた。

ここ3日、なんとか色々頑張ってはいるが同じ事の繰り返し。

復元 → 同期 → エラー → 復元 → 同期 → エラー → 復元 → 同期 → エラー → 繰り返し。

詳しく説明しますと、

ipodの中のデータ100GB完全消失(というか、使用容量はそのままなのに、音楽も動画も0、データがないと表示される。もちろん何もできない)

同期しようとするとパソコン見事にフリーズ

再起動すると、

「iTunesはipodの内容を読み込めません。[概要]タブで[復元]をクリックして、このiPhoneを出荷時の設定に復元してください」

と出る。

復元。

新たに同期。

同期の途中でエラー。

フリーズ。

繰り返し。

itunesを再インストールしてみたりもしたけどだめ。

もちろんipodの再起動も効果なし。


ネットで色々調べた結果、ステキな情報発見。

その人はiphoneだったけど。

iphoneを新しいのに交換してもらったり、試せることは全部試してみたり、appleのカスタマーサービスに電話してみたり、それでもダメでかなり詳しい技術者に繋いでもらってさらに頑張ったけど、原因不明でその技術者までサジを投げたらしい(爆)。

お見事。

救いようなしですな。


どーにもこーにも、全てがうまくいかない。

それどころか悪化していってる気もしてきたぞ。


帰れって事か?日本に帰れって事なのか!?


そういえば今回6月に日本を出てから災難続きな気がしてきたぞ。

カシュガルで無駄な足止めくらうし、キルギス初日から野宿だし、キルギスからビシュケクまでの乗り合いはアホのセクハラに耐え続け、ビシュケクではイランビザ待ち、その間に行ったウズベクではまず国境を越えるのになぜか3時間、金曜終電の山手線並のギュウギュウ詰め、タジキスタンでは素晴らしいタイミングでドンパチやるし。

挙句の果てにipodまでがウチを見放した。

んー見事としか言いようがない。

あっぱれ!!!




とりあえず、月曜日まで祝日でどこも閉まってるので、月曜夕方、カザフスタンはアルマティに向かいます。

翌火曜日朝イチでトルクメニスタン大使館にビザを受け取りに。

午後にはウズベキスタン大使館でビザ申請。

夕方にはまたビシュケクに戻ってくる。

1週間後、とうとうキルギスに別れを告げ、再度アルマティへ。

ウズベクビザを受け取り次第、まっすぐウズベキスタンへ。

ウズベクをさっさと抜けたらいよいよトルクメニスタン。

見たいものはズバリ、ガスクレーターと街中に散りばめられた黄金の大統領像たち。

そこからトルクメンバシュに向かい、さらば中央アジア、船に乗ってカスピ海を渡り、アゼルバイジャンへ。

アゼル、グルジア、アルメニア、ナゴルノ・カラバフを回り、トルコへ。

トルコのトラブゾンで一瞬にしてイランビザを受け取り、やっとこさイランへ。

イランをぐるっと一周してトルコへ。


こんな感じ。


でも…。

この負の流れ、きっとまだ切れてない気がするんだよねー。

まだまだ何かが起こりそう。

トルクメビザ取れないとかね、ウズベクビザ取れないとかね(笑)。

あーやだやだ。

やってらんないよねーーー。

アジア抜けるのって大変なんだねーーー。


そんなこんなな今日この頃です。

なんかいい事ないですか?
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by aya-papaya | 2012-08-19 03:42 | 中央アジア | Trackback | Comments(1)
2012年 08月 12日

お盆ですね。

こちらはお盆とは関係ないんですが。

昨日、宿の窓から空に漂う無数のUFOを発見!!

すぐ近くの公園から上がってるようなので早速向かった。



公園では30人ぐらいの人達が、これなんて言うのかな、気球でいいのかな?に火をつけて空に飛ばしていた。

何かのお祭りかと思ったら、実はBlood cancer(白血病?)で入院してた3歳か4歳ぐらいの娘が、完治はしてないけど一応病院を退院できたお祝いと、病気の完治を願って、お父さんとお母さんが主催してこの熱気球たちを飛ばしているとの事。

親戚や知り合い、たまたまその公園にいた人達にタダで気球を配って飛ばしてもらっていた。

全部で100個以上は飛んだんじゃないかなー。

空高く上っていく無数の気球たち。

タイのロイクラトンみたいな華やかさはないけれど、心温まる、とてもキレイな風景でした。
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by aya-papaya | 2012-08-12 13:51 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 09日

進展したはず。

イランビザ。

言われたとおり1週間待った。

5%の期待と95%の諦めを胸に、恐る恐る大使館に電話。

「届いてます」



はい?届いてます??



そうなんです、とうとうイラン本国から返信がきたんです!!


たぶん…。


がしかし。


旅行代理店でインビテーションレターをもらって来いとの事。

という事で昨日早速指定された旅行代理店に行ってきました。

今日確認の電話をしたところ、月曜日に受け取れるとの事。

インビテーションレターがいるなんて聞いてないけど、

インビテーションレターに$20かかるけど、

それでイランビザが取れるなら!!!


結果は月曜日。

ドキドキです。
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by aya-papaya | 2012-08-09 17:11 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 01日

何も変わらず。

ビシュケクに戻ってきました。

イランビザは相変わらずです。

昨日も今日もイラン大使館に行ってきましたが、進展なし。

時間があるならあと1週間待ってみてって言われました。

もし時間がないなら空港でアライバルをとったほうがいいんじゃない?とも。

とりあえずあと1週間待ってみます。
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by aya-papaya | 2012-08-01 17:21 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 01日

タジキスタン

ウズベキスタンのタシケントから国境のアイベク、そして国境を越えてホジャントに向かうのに、乗り合いがなく、そもそも人が全くいなくて、一人でタクシー…。$25。

ホジャントに着いてさっさと首都ドゥシャンベへ。

そこからホーローグに行ってアフガンビザを取ってアフガニスタンの国境の町まで行こうと思ってたのに、超タイミング悪くホーローグ・イシュカシムでドンパチ発生。

アフガン側は平和なのに…まさかタジク側で問題が起こるとは…。

道路が閉鎖されてるので、どうにもならない。

なのでアフガニスタンもパミール高原も断念…。

残念すぎる。

タイミング悪いよ~。

ということでまさかの飛行機でビシュケクに戻ってきました。


タジキスタンは一切観光せず。なんてったってどこにも行けなかったからね。

トルクメニスタンビザだけ申請して終了でした。

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by aya-papaya | 2012-08-01 17:04 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 08月 01日

ひとまず写真。

ウズベキスタン サマルカンド
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ウルグットバザール

スザニマーケット
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ちなみにウズベキスタンの最高額紙幣は1000スム。約30円。
$100両替するとこんな感じになります。
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by aya-papaya | 2012-08-01 16:52 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)
2012年 07月 17日

いつになったら…。

イランビザ、未だに進展ございません。

ということで、しばらく放置して、ウズベキスタンとタジキスタンに行ってまいります。

イランビザ取れるまでずっとここビシュケクにいるっていう道もあったんだけど、

考えに考えた挙句、

せっかく日本で取ってきたウズベキスタンビザが使わないうちに無効になるのは悔しい!!

っていう理由で、それが決め手で決断しました。


でもたぶんウズベキスタン観光はほとんどできなさそう。

きっとすぐにタジキスタンに抜けて、首都ドゥシャンベにて、アゼルバイジャンとトルクメニスタンのビザ申請。

あわよくば、タジキスタンのパミールあたりを回って、また、キルギスに戻ってきます。



今日はイラン大使館に行ったり、日本大使館に行ったり、お金を下ろしに行ったり、バスのチケット買いに行ったりと、暑いなかむっちゃ動いた。

帰って来てから、全く手をつけていなかったパッキングに取りかかり。

忙しかった~。



日本大使館って、なんか親切じゃないね。

日本国民が困って駆け込んでるのに門前払いですよ。

ちょっと日本に電話をかけさせてほしいだけなのに。

銀行口座にロックかかってて、ネットバンキングができない。

いつも使ってる口座に送金しないとこっちでお金下ろせないのに。

ネット屋のIP電話じゃダメ、電話局まで行ってかけてもダメ、プッシュ回線じゃないせいか、本人認証ができないので、なんにもできない。

使える口座の残高6,000円也。

ウズベキスタン用の米ドルキャッシュは持ってるから大丈夫なんだけど。

とりあえず結構ピーンチ。

日本大使館は困ってる日本国民を助けてくださいよ。

ランチ休憩2時間も取りやがって。



ま、それは一旦忘れて。

明日の朝にはウズベキスタンの首都タシケントです!
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by aya-papaya | 2012-07-17 22:16 | 中央アジア | Trackback | Comments(0)