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notes from my travels

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カテゴリ:ルワンダ+ウガンダ( 3 )


2016年 03月 13日

ウガンダ。

キガリ発に夜行バスで国境を越え、朝5時にカンパラ着。

5列シートの 3列側で、しかもラッキーなことに隣もその隣も人がいない。

3列使って横になれた。


バスターミナルから、宿までは、両替してないからお金全く無いのでテクテク歩いて行った。

迷いながら1時間ほどで宿に到着。

まだ暗い。

暗い中テントを組み立て、寝る。

朝9時頃暑くて起きた。


カンパラの街を歩く。

思った以上に広く、気付けば15キロ以上歩いてた。


カンパラのオールドタクシーパーク。

カオスに見えるけど、一応行き先ごとに分かれててそんなに不便では無い。
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街中。
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市場。マトケ。青バナナ。ウガンダの主食です。
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市場で写真撮ってたら怒られた。

写真ダメらしい。

写真撮影終〜了〜。

なのでカンパラの写真は以上です。


ケニアに近づくにつれ、ケニアに戻れるか戻れないか、もう心配するのにも疲れ、さっさと結果が知りたくて、ウガンダの観光する気にもなれず、もうとにかくケニアに突撃する事にした。

ケニアに戻れなかったら、その時はもう吹っ切って、ウガンダもがっつり観光しよう、と。

なのでカンパラに3泊した後、東に移動開始。

ただウガンダでの滞在がカンパラだけってのは寂しいので、道すがらジンジャに寄る事に。


相変わらず雨だけど。

ナイル川の始まりを見に行った。
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奥がビクトリア湖、手前はナイル川。

ナイル川の源流です。


ジンジャ1泊で、翌日、いよいよケニア突撃。ドキドキです。


by aya-papaya | 2016-03-13 23:41 | ルワンダ+ウガンダ | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 07日

ルワンダ。

ルワンダ、ウガンダとボチボチマラリアの危険があるってことで、マラリア予防薬のメフロキンを服用し始めた途端に体調不良に見舞われた。

前に試しで飲んでみたときは全然大丈夫だったのに。

ちなみに、メフロキンの副作用として知られているのは、

  • めまい、ふらつき、倦怠感、頭痛
  • 不安感、抑うつ状態、イライラ感、眠気、不眠
  • 吐き気、嘔吐、腹痛、下痢
  • 発疹、じん麻疹、かゆみ
  • 脱毛、脱力感、筋肉痛
  • 視力障害、聴力低下、耳鳴
  • 動悸、肝機能値異常

そんで悪夢を見たり、自殺願望出てきたり、とマイナスこの上ない副作用の数々。

もともとね、ケニアに戻れないかもしれないってことでテンションは低かったんだけどさ。

最近の記憶の中で夜寝れないなんてことはなかったんだけど、これがまず見事に寝れなくなってね。

眠いんだよ。

ベッドで目も閉じてるんだよ。

なのに寝れなくて外が明るくなり始めるっていうね。

ウトウトはするけどすぐ起きちゃって、全く寝た気がしない。

そんな日が続くと慢性寝不足でさらに体調悪くなる。

お腹も下るし、フラフラするし、頭痛いし、もうなんかメフロキンの副作用見事に全部来てます!的な。

挙げ句の果てに、キガリに着いてさっそく行ってきた、ジェノサイドメモリアルで、グロい写真とかが沢山あるわけでもないのに、パネル読みながら人間の狂気をいろいろ想像してたら気持ち悪くて吐きそうになった。

目眩もしてとりあえず座り込むっていうね。

稀に見る体調絶不良。

恐るべしメフロキン。



キガリの中心地。
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キガリの街並み。
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虐殺記念館。
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植民地化されるの前のルワンダの様子から、植民地化られてからのルワンダの簡単な歴史、そして大虐殺が起こるまでの過程、そして今現在のルワンダに至るまでの、一通りの説明がパネルと映像で見れる。

実際にルワンダ人に、ぶっちゃけどう思ってるの?と聞くことはできないので、映像で生き残った人の話なんかを聞けるのはとても貴重だと思った。

鉈や棍棒なんかで殺された人たち。

100日間で約100万人が殺されたという想像すらできない数字。

何万人もの子供が孤児になり、50万人の女性(子供からお年寄りまで)が強姦され、エイズが蔓延し、その後エイズで親を亡くした孤児がさらに増え。



もともと境界線のはっきりしなかった2つの民族。

同じ習慣を持ち、同じ言語を話し、民族に関係なく結婚もし、一緒に暮らしてきた人たち。

ベルギーが入植し、コントロールしやすくする為にツチ族とフツ族を区別し、その為に民族間の格差が生じ始め。

そこに政治的組織的な力が導火線に火をつけ、助長し、大虐殺という最悪の結果に陥った。

組織的な力が大きく働いて民衆を煽ったとは言え、それで大虐殺が起きてしまうという人間の恐ろしさ。

赤ちゃんだろうが子供だろうが、ツチ族だと言うだけで殺されてしまう。

逃げられないように手や足を切り落としてレイプしてその後殺す。

殺されたくなければ、と脅し、親族を強姦させ、結局最後には殺す。

親に自分の子供を殺させて、その後に親を殺す。

ツチ族を殺すことを拒否したフツ族も殺された。

非道という言葉では言い表せられない事がひたすら行われた。

一般の人がここまでの事を出来てしまうという、人間の恐ろしさ。

狂気としか言えない。


考えすぎて撃沈しました。

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もうひとつ行ってみようと思っていた、白骨化遺体が沢山残っているムランビ虐殺記念館は、ちょっと今のコンディションでは耐えれる自信がなかったので、予定変更。

気分転換にキガリを離れ、コンゴとの境にあるキブ湖のほとりのキブイエに移動。

湖の向こう側のコンゴを眺めつつゆっくりしてきました。

相変わらず雨季の始まりで天気はスカッとしないけど。
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体調もボチボチ回復し、気分もボチボチ落ち着き、思い切ってムランビ虐殺記念館行ってきた。

キブイエからキガリに戻り、翌日のカンパラ行きの夜行バスを予約してから、フエに向かいフエで1泊。

翌朝、ニャマガベのムランビ虐殺記念館までバスとボダボダを乗り継いで。

敷地内に死臭が漂っているという噂を聞いていたけど、そんな事はなかった。

遺体もミイラ化していて、あまりリアル感がなかった。

それでも赤ちゃんから大人まで、騒然と並べられたミイラ化した遺体たちは、ここで起こった事が現実なんだと思い知らせてくる。


ニャマガベのバスターミナルまで帰りは歩いて帰った。

村人たちの笑顔が、またここで起こった過去を忘れさせる。
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ルワンダはとても旅行しやすかった。

国土が小さいから1回の移動も長くて3時間とかだし、バスもキレイで快適、30分〜1時間おきには時間通り出発するし、座席の数しか人乗せないし、ボラないし、人も親切だし。

秩序がある。


22年前は地獄になったこの国が、今はアフリカのどの国よりも秩序がある。

どっかの国が何十年もかけてもまだできてない事が、この国では出来てる。

色んな国を見てると、発展途上国だろうが先進国だろうが、基本的なルールを守れてない人がそこらじゅうにいる。

だから、秩序があるってのは、とくに発展途上国の中では奇跡に近いわけで、ただただ驚いた。

22年前に起こった事と、いまのルワンダの姿がどうしても繋がらない。

この22年間で人の内面が劇的に変わったとはウチは思わない。

きっと昔から温厚な人たちだったんじゃないかと思う。

そんな人たちが、何かをきっかけに大虐殺というものが起こるほど変わってしまうという事実。

パチっとスイッチを切ったように何かが麻痺してしまう。

生まれ持っての快楽殺人者なんていないと思うんだよね。

何かをきっかけに、どっかで何かが麻痺するんだよね。

戦争だってそうでさ、個人が個人を殺すことは良くないことだってほとんどの人は思ってると思うんだけどさ、戦争っていうシチュエーションが何かを麻痺させるんだよね。

どっかを空爆してる先進国の軍人がさ、地元に帰っていきなりすれ違った通行人を殺さないでしょ。

ダメなことだってわかってるから。

普通の人が、一般的には普通じゃない大量殺人者に、簡単になれてしまう人間の脆さというのか、奥深さというのか、単純さというのか。

なんか、人間の怖さを教えられた気がする。

同じ人間が、何かをきっかけに、善にも悪にもなれるということ。

自分はなにがあってもどっかが麻痺しちゃった人間にはなりたくないと思った。


んーなんかルワンダでおもったことはまだうまくまとめられない。

メフロキンは引き続き飲んでます(笑)。


by aya-papaya | 2016-03-07 18:54 | ルワンダ+ウガンダ | Trackback | Comments(0)
2016年 03月 06日

ルワンダ宿情報。

タンザニアとの国境の町ルスモ(ルワンダ側)

Lodgeと書かれた建物1軒。
他の選択肢があるかは不明。
シングル言い値5,000フラン → 交渉後4,000フラン
ぼっとんトイレ、バケツで行水可能。蚊帳あり。
ほんとに寝るだけの宿。


国境で1泊するなら、タンザニア側のベナコで泊まるのがいいと思う。ルスモまで来ちゃうと選択肢がない。




キガリ Kigali

Henessis Lodge(っぽい名前だった…)
Hope guest house の2軒隣り。

シングル5,000フラン

水回りは良くない。シャワーは一応出た。蛇口からは水出ず。トイレもバケツに水を貯めて自分で流す感じ。

Hope guest houseが7,000フランらしいので、快適さを求めるならそちらへ。安さ重視ならこっちもあり。



キブイエ Kibuye

Home St. Jean

ドミ7,000フラン 豪華な朝食付き
wifiあり。団体と被らなければサクサク。

とってもキレイ。
270度キブ湖に囲まれて景色抜群。
団体と被らなければ静かで超快適。
ロンプラ情報ではドミ2,500フランになってていざ行ってみたら7,000でビビったけど、朝食付けなければたぶんだいぶ安くなると思う。
朝食なしの値段は聞いてない。
朝ごはんはコーヒー紅茶ミルク、スープ、シリアル、パン、オムレツ、フルーツとフルコース。
たまには贅沢してもいいかなって感じ。と言っても$9ちょい。




フエ Huye

Hotel Izana Heritage

シングル 言い値6,000 → 交渉後5,000フラン

最近値上げをしたばかりらしい。
宿の人たちとっても親切。
部屋も水回りもとてもキレイ。
でも水出なかった…。トイレだけはちゃんと流れる。
バケツで行水可能。
蚊帳も新品で、蛇口から水が出ない事を除けば快適。

バスターミナルが町の1キロ手前に新しく出来てて、キガリからのバスは町中までは行かない。
けど歩いても15分なので問題なし。
青 : バスターミナル
赤 : 宿


by aya-papaya | 2016-03-06 18:09 | ルワンダ+ウガンダ | Trackback | Comments(0)